1 まえがき
白血病といえば、悲惨な不治の病というイメージをお持ちの方が多いと思います。
確かに白血病はいわば血液のがんであり、子供や若い人がかかることも比較的多いので、よけいそのような印象を持たれるのかもしれません。
確かに40年近く前までは、白血病といえば死の病でした。しかし、近年白血病の研究が進むにつれ、その病態が次第に明らかにされ、治療方法も非常に進歩しました。 現在では成人急性骨髄性白血病(白血病の中でこれが最も多い)の約40%が治癒(治療を必要としない、再発の可能性が非常に小さい、異常所見の見られない状態)を期待できる状態にまで治るようになりました。
さらに小児で最も多い急性リンパ性白血病では70%もの患者が治癒が期待されます。
とはいえ、今でも年間6,500人の人が白血病で亡くなり、特に小児がんでは白血病が40%を占め、最も頻度が高くなっています。
白血病は、骨髄の造血幹細胞の遺伝子に異常が起き、白血球が分化成熟することが出来ずに、未分化のまま増殖して骨髄や血液中に増加する病気です。 増殖のスピードが速ければ血中の白血病細胞は増加しますが(数万〜数十万)、増殖のスピードが遅くて、未分化のまま死滅する(アポトージス)こともあり、このような場合は白血球数はむしろ減ります(1,000〜3,000)。
いずれの場合も、正常の造血幹細胞の数が減少するため、正常白血球、赤血球、血小板は著しく減少します。 そのため、急性白血病では、感染症による発熱、血小板減少による出血症状および著しい貧血が必発の三大症状です。 なかなか下がらない熱とのどや関節の痛み、どうしようもない身体のだるさ、さらに鼻血や歯茎からの出血、皮膚の紫斑とか、女性では性器出血などがあればまず急性白血病を疑わなければいけません。 もちろん早い時期では貧血だけで症状が無いということもありますから、貧血のある時は必ずその原因を調べておかなくてはいけません。
このような激しい症状が見られるのは急性白血病の場合で、白血病の約25%を占める慢性(ほとんどが慢性骨髄性)白血病の場合はほとんど症状が無く、多くは健診とか、たまたま診察のときに脾臓の腫大を指摘されて見つかります。
白血病にはいろいろな病型があります。急性白血病と慢性白血病とありますが、これは急性白血病が慢性化するといった違いではなく、まったく別の病気です。
急性白血病は急性骨髄性白血病と急性リンパ性白血病に大きく分けられます。 急性骨髄性白血病はM0からM7までの8つの病型、急性リンパ性白血病はL1からL3までの3つの病型に分けられます。 これらはFAB分類といわれ、基本的には顕微鏡観察による分類です。 更に詳しく診断するためには、電子顕微鏡、細胞化学、細胞表面のマーカー、染色体分析などを行ないます。 染色体分析や遺伝子解析により、遺伝子異常のタイプによって、薬が非常に効きやすくて、治りやすい型とか、逆に治りにくい型とかを推定することが出来ます。
慢性白血病にも慢性骨髄性白血病と慢性リンパ性白血病がありますが、ほとんどが慢性骨髄性白血病です。この病気は数年のうちに必ず急性転化といって、急性白血病に変化します。急性転化すると薬の効きが非常に悪く予後不良です。
そのほかにも近年になって日本で解明された成人T細胞白血病があります。
また白血病の治療でも、目覚しい進歩が見られ、化学療法の治療成績の向上とともに、骨髄移植、分化誘導療法などの新しい治療法が取り入れられて、いまや白血病も治りうる病気だということが出来るようになりました。
この約30年くらいの間にみられた白血病の診断、治療の進歩に関するいくつかのトピックスについて述べてみたいと思います。
2 急性白血病の化学療法
白血病といえば血液のがん(造血細胞の腫瘍)とされ、ほおっておけば必ず数年のうちに死亡します。一般のがんの場合は転移さえなければ、手術で取ってしまえば治すことが出来ますが、白血病の場合は、発病と同時に腫瘍細胞が血流に乗って全身に広がりますので、手術は出来ず、化学療法(抗白血病薬)に頼ることになります。
化学療法の進歩は目覚しく、新しい薬の開発、使用法の工夫、支持療法の進歩などにより、治療成績は非常に向上しました。
この化学療法の理念はTotal cell killといって、すべての白血病細胞を、薬で殺してしまう、というものです。当然、正常の骨髄細胞も大きなダメージを受け、骨髄細胞は非常に少なくなりカラカラの低形成状態になります。その状態を経て、骨髄中に正常の造血細胞が回復してくるのを待ちます。一般に白血病細胞より、正常造血幹細胞の方が回転が速いので、先に正常細胞が回復して、順調に行けば骨髄も血液も正常な血液細胞で満たされた状態になるというわけです。
この状態を完全寛解といいます。一般的な検査では、もはや白血病の所見はどこにも見られません。しかし隠れた白血病細胞がまだ潜んでおり、いつか必ず再発します。これを防ぐために、完全寛解後に地固め療法、強化・維持療法という治療を行ない、残存白血病細胞を完全にゼロにして治癒に導こうという努力をします。
最初に行なう治療、これを寛解導入療法と言って、4種類の薬を組合わせて行ないますが、これは、強力であるため、正常の血液細胞もほとんど無くなってしまいます。そのため、出血、感染、貧血が非常に起こりやすくなります。したがって、これらの合併症による出血死、感染死をいかに防いで、寛解まで持っていくかが、白血病化学療法のもう一つの大きな問題です。
このためには、強力な抗生物質療法、あるいは血小板輸血、M-CSF、G-CSFなどのサイトカイン、場合によっては抗凝固薬、また無菌室治療なども行なわれます。 こういった治療を支持療法といい、白血病の化学療法には絶対に欠かせない治療です。
こうした努力の結果、現在日本で最も多い成人急性骨髄性白血病の初回完全寛解率は77%に達しています。完全寛解に達して初めてその後の長期生存から治癒が期待できます。 しかし、いったん再発してしまうと、その後の薬の効きは非常に悪くなり、化学療法での長期生存は望めなくなります。
成人の急性リンパ性白血病は、数は少ないのですが、骨髄性より治療成績は良くありません。しかし、小児ではリンパ性が多く、急性白血病の70〜80%がリンパ性で、治療成績は非常に良く、90%以上の寛解率、多くは化学療法のみで治癒が期待できます。小児非リンパ性白血病でもそれに近い良い成績が得られています。
3 分化誘導療法
白血病治療の進歩の中で、骨髄移植と並んで特筆されるのが分化誘導療法です。Total cell killを理念として行われてきた急性白血病化学療法の中で、この分化誘導療法はまさに画期的な治療法といえます。
あらゆる血液細胞は、ただ1種類の多能性幹細胞という細胞から作られます。これが、骨髄球系とリンパ球系の幹細胞に分かれ、骨髄球系幹細胞は赤血球系、顆粒球系、単球系、巨核球系の幹細胞に分かれます。
急性骨髄性白血病はこのうち顆粒球系幹細胞の遺伝子異常で生じます。正常な顆粒球系幹細胞はさらに分化して、骨髄芽球、前骨髄球、骨髄球、後骨髄球、単核球と成熟し、この段階で血中に出て、分葉白血球となり、生体防御のための働きをします。
急性骨髄性白血病ではこの分化のいろんな段階で、成熟がストップし、腫瘍化して、その段階での幼弱細胞がそれ以上成熟すること無く増殖しつづけるのです。 どの段階で腫瘍化したかにより、増殖している白血病細胞の種類が異なるので、それらをFAB分類でM0からM3までの4種類に分類しています。
このうちのM3に分類されるのが急性前骨髄性白血病です。この病型は急性白血病の中でもっとも症状が激しく、DICといって非常に出血症状が強いのが特徴です。
1988年に中国上海の学者がこのタイプの急性白血病にATRA(オールトランスレチノイン酸)という薬を飲ませたところ、なんと90%以上の完全寛解が得られました。 これは当時の白血病治療の常識から言ってまったく想像もつかない驚くべき成績だったのです。 しかも最も治療を困難にさせているひどい出血症状が、この薬を飲ませると短期間ですーっと良くなってしまいます。
しかし、この治療がそれまでの化学療法と決定的に違うのは、骨髄が低形成、つまりからからにならない、白血病細胞も正常細胞も殺さないということです。この薬は、前骨髄球段階でストップした分化、成熟を解除し、ふたたび分化の過程に乗せてやるという働きをします。 それで分化誘導療法と呼ばれるのです。
したがって、化学療法につきものの出血、感染などの重大な合併症がほとんど無く、非常に楽に完全寛解に入ることが出来ます。 しかし、まったく問題が無いわけではありません。白血球が増えすぎたり、再発が早い等のため、必ず他の病型と同じように寛解後療法を行ないます。
このATRAという薬は活性型のビタミンAです。これが、t(15;17)という遺伝子異常の結果作られた、分化を抑える異常蛋白の働きを無くするとされています。
分化誘導療法はこれ以前にもいろいろ試みられたことはありますが、これほどの成績は初めてです。 ただ、現在ではM3の急性前骨髄性白血病以外ではATRAは無効です。
一方、慢性骨髄性白血病の場合は、治療の第一選択は骨髄移植です。しかし、年令とか、ドナーがいなくて、骨髄移植が出来ない場合は、やはり分化誘導療法として、インターフェロンαが用いられるようになりました。 これは、現在行われている化学療法よりも明らかに成績が良く、生存期間も伸びていますが、インターフェロンによる治癒がどのくらい得られるかはまだ明らかではありません。
4 造血幹細胞移植
骨髄移植と言う言葉は良く聞かれると思います。 白血病治療の中で、化学療法と並んで重要な位置を占めているのが骨髄移植です。 1975年に始まった骨髄移植は、現在では世界で年間数万例もの患者に行なわれています。
最近では、骨髄移植の他に、末梢血幹細胞移植、臍帯血移植が、それぞれその長所を生かして盛んに行なわれるようになりました。
骨髄移植、末梢血幹細胞移植、臍帯血移植の3者は、いずれも健康な人の造血幹細胞(あらゆる血液細胞、赤血球、白血球、リンパ球、血小板などのルーツとなる母細胞群)を患者に移植して、患者の病的な造血幹細胞と置き換えてやるという治療法で、これらをまとめて造血幹細胞移植と呼んでいます。
移植と言っても、臓器移植のように切ったり張ったりするわけではありません。 提供者(ドナー)の骨髄や末梢血あるいは臍帯から採取した、造血幹細胞を豊富に含んだ血液を患者の静脈に点滴で入れるのです。
造血幹細胞移植には、患者自身の造血幹細胞を用いて行なう自家移植と、兄弟あるいはボランティアの造血幹細胞を用いる同種移植とがあります。
どのような病気に対して行なわれるかというと、慢性骨髄性白血病、急性白血病、骨髄異形成症候群、重症再生不良性貧血、重症免疫不全など、多くの病気があります。
しかし誰にでも出来るというわけではありません。 提供者と患者との白血球の組織適合抗原(HLA)が出来るだけ一致していなくてはなりません。 また、原則として50才未満の患者に行われます。
組織適合抗原(HLA)というのは、赤血球の持つABOとかRh型などの血液型抗原とは違い、白血球や、その他身体中の核を有する細胞が持っている抗原です。 造血幹細胞移植や臓器移植では、このHLAの一致が必要で、そうでないと拒絶反応や、後で述べるGVHDと呼ばれる重篤な合併症が生じます。
骨髄移植の実際についてお話します。 まず、患者は全身の消毒をし、薬を飲んだり、吸入したりして、気道内や腸内の細菌もゼロにします。 ほとんど無菌状態にして無菌室に入ります。 無菌室では食事も無菌食で、血管からも栄養点滴をします。 次に、大量の抗がん剤の投与と、全身の放射線照射を行ないます。 つまり、患者の白血病細胞を限りなく完全に殺してしまうのです。 しかし同時に患者の正常の造血機能も限りなく破壊されてしまうために、患者は非常に感染を起こしやすく、出血もしやすく、また免疫機能も落ちてしまいます。
この状態で、提供者(ドナー)の骨髄細胞を患者の血管内に点滴して投与します。 このために、ドナーからは約1,000mlの骨髄液が、骨盤の骨に数10回も針を刺すことによって採取されます。
血管内に入ったドナーの骨髄細胞は、患者の免疫機能がゼロのために拒絶されません。 細胞は、患者のほとんど空になった骨髄に到達して、そこでほとんど拒絶されることも無く住み着いて、生着し増殖を始めるのです。 白血球の増殖を早めるためにG−CSFというサイトカインの注射をします。 そして順調に行けば約2週間たつと白血球が約1,000/μlくらいまで回復して、患者は無菌室から出ることが出来るようになります。
そしてこの時の患者の血液は、赤血球も白血球もリンパ球もすべてドナーのものと置き換わっています。 従って血液型もドナーと同じになるのです。
しかしこの治療は順調に行くことは少ないのです。 強烈な治療であるためにいくつかの重大な合併症があります。
合併症の第一は感染症です。 白血球はない、免疫能はないという状態ですから、いくら無菌状態にいるからと言っても、あらゆる感染の危険があります。 特にサイトメガロウィルス(CMV)による間質性肺炎は致命的になることが多く、予防のためのグロブリン注射が行われます。
次に避けられない合併症がGVHD(移植片対宿主病)と言われるものです。 ふつうの臓器移植の場合は、患者のリンパ球が移植された臓器を異物とみなして排除しようとする拒絶反応が起こります。 しかし骨髄移植の場合は立場が逆です。 患者にはもう拒絶反応を起こすことの出来るリンパ球は存在しません。 逆に、移植されたドナーのリンパ球が患者自体を異物とみなして攻撃するのです。
これはなぜかと言うと、組織適合抗原(HLA)は兄弟の場合は確率的に4人に1人は一致しますが、まだよくわかっていない他のHLAがあるらしくて、たとえHLAの一致した兄弟の間でさえも、GVHDが起こりうるのです。 まして骨髄バンクからの提供者との間ではHLAの完全一致はなかなか望めません。 しかし、HLAにはいくつかの座と言うのがあり、そのうちのA座、B座、DR座が合致すれば移植は可能とされています。
そして、白血病の場合、HLAが完全に一致して、ほとんどGVHDが起こらなかった場合よりも、多少の不一致のためにある程度のGVHDを起こして、それが回復した場合の方が、白血病の再発が少なく、治る確率が高いことが知られています。 それは、ドナーのリンパ球が、患者の破壊されずに僅かに残っている残存白血病細胞をも攻撃して殺してしまうからです。
GVHDの症状は主に、皮膚、肝臓、腸管の障害です。 発疹、水疱、黄疸、肝機能障害、激しい下痢などです。 また、出血性膀胱炎、肝中心静脈閉塞症なども見られます。 3ヶ月くらいたつと慢性GVHDとして、皮膚の硬貨、口腔内乾燥などを生じます。
これらの感染症、GVHDは時には致命的となります。 その予防、治療をいかに行なうかが、骨髄移植の成否に関わります。 そのためには、各種抗生物質、抗真菌剤、抗サイトメガロウィルスグロブリン、抗ウィルス剤、免疫抑制剤、副腎皮質ステロイドなどが使われます。
骨髄移植がもっとも適応となるのは慢性骨髄性白血病(CML)です。 患者が50才未満で、兄弟にHLAの合致した提供者がいれば、骨髄移植が第一選択です。 これにより60%の治癒が期待できます。
提供者がいなければインターフェロン療法を行ないます。 1年間治療をして一定基準以上の効果が認められたら、インターフェロン治療をそのまま続けます。 無効の場合は、骨髄バンクからの提供者が見つかれば骨髄移植を行ないます。 提供者がいなければ、さらにインターフェロン治療を続けます。
急性白血病の場合は、化学療法が効きやすいタイプ{t(8;21)、t(15;17)、inv(16)などの染色体異常のあるタイプ}は、化学療法のみによって60%近い治癒が期待できますので、原則として、骨髄移植は行ないません。
完全寛解が得られても、今後の薬の効きが良くないと予想される場合は、第1回目の完全寛解の時期に骨髄移植を行ないます。 これによって50〜70%の治癒が期待できます。 骨髄移植は原則として、第1回目の完全寛解の時期に行なわれます。 2回目、3回目の完全寛解期では成功率は次第に落ちます。
骨髄移植によって白血病が100%治るわけでは決してありません。 しかも非常に副作用の強い大変な治療法です。 しかし化学療法とともに、白血病を治癒に導く大きな選択肢であり、骨髄移植のおかげで命を救われた患者さんは数え切れないほど多勢居るのです。
最近の骨髄バンクの広告によると、平成12年8月時点での骨髄バンク登録ボランティアの数は約12万9千人。 30万人の登録者数があれば、現在の骨髄移植待機患者1,762人の90%がその恩恵を受けられるとされます。
骨髄バンクに関心をお持ちの方は、0120−445−445 (骨髄移植推進財団) に是非お電話をしてください。
次に、末梢血幹細胞移植についてお話します。 健康な人にG―CSFというサイトカインを注射すると、血液中の造血幹細胞が非常に増えます。 これを採取して、骨髄移植と同じように患者に移植します。 この方法は骨髄移植よりも簡便で感染などの合併症も少なく、優れた点が多いのです。
現在、自家移植の場合は末梢血幹細胞移植の方が骨髄移植よりも多く行われています。 同種移植(兄弟、他人からの移植)の場合は、健康人ドナーにG−CSFを注射しなければいけないと言う問題がありますが、最近、保険医療が認められたため、今後盛んに行なわれるようになると思われます。
臍帯血移植は、へその緒の中の血液を利用するものです。 へその緒の血液には骨髄以上に造血幹細胞が含まれています。 これを集めて移植するのですが、量が少ないので主に小児に対して行われています。
しかし、最近全国9ヶ所に公的臍帯血バンクがスタートしました。 これにより成人への適用も可能になります。 もともと捨てられていた臍帯や胎盤の血液ですから、これが有効に利用出来ればドナーの負担なしに出来ると言う大きなメリットがあります。